高品質のヒトの胚子の大規模コレクションは世界を探しても限られています。カーネギー、京都コレクション、Blechshmidtはその数と品質から3大コレクションと言われます。それぞれ古い歴史を持ち、それぞれ特徴を持っています。
|
||||
高品質のヒトの胚子の大規模コレクションは世界を探しても限られています。カーネギー、京都コレクション、Blechshmidtはその数と品質から3大コレクションと言われます。それぞれ古い歴史を持ち、それぞれ特徴を持っています。 先天異常標本解析センターにはヒト胚子由来の連続組織切片が保管されています。 開設当初から蓄積されたもので正常例、外表異常例各500例ずつ、ガラススライドでは数万枚に達します。標本の効率的利用の促進と安全な保管のために、デジタル画像を作成しデータベース化を試みています。 1.低倍率でのスキャンfilm scanに対応した一般のフラットスキャンを利用して胚子断面のシルエットや組織構築が追える程度の解像度(2400-4800dpi)の画像データを取得します。(flatbed scanner (CanoScan 9000F, Canon, Tokyo, Japan))を主に使用しています。 ガラス標本の検索、スクリーニング、組織標本から立体像を構築する等の用途に使用されます。 Blechscmidt collectionのスキャンでは、この手法を用いました。 2.バーチャルスライド(whole slide)病理診断の分野で活躍するバーチャルスライドの技術を胚子標本に応用します。 実際のガラス標本を顕微鏡で観察するように、コンピューター上で組織観察を行えます。任意の点で拡大ができ細胞レベルの観察もできます。 データサイズが大きく、取得に時間がかかりますが、将来的に安全に様々な用途に利用可能で、長期的展望に立って進めています。 Olympus virtual slide system (VS120; Olympus Corporation, Tokyo, Japan)を主に使用しています。 ■ 取り込み画像の例(外部リンク) 顕微鏡というと普通思い浮かべるのは、光学レンズを用いて組織標本をみる“光学顕微鏡”だと思いますが、MR(磁気共鳴)の原理を利用して、より高解像度の像を得るのがMR顕微鏡です。まず、MRimageとは、体の内部などを、磁場の中で起こる電磁波(場)との共鳴現象(NMR)により可視化する手法です。1980 年代の半ば頃から実用化された医学診断装置で、人体各部の断層像や三次元画像が取得できます。放射線被爆がなく、さまざまな生体情報が得られるため現在では病院で広く診断目的に使われています。MR顕微鏡の長所は、胚子を全く傷つけることなく、得られたデジタルデータを用いて、任意の断層面を観察、三次元的な内部構造の抽出や再構成ができることなどがあります。私たちの研究室では、3つのMR撮像データ群を用いて研究を行っています。 1.CS13-CS23に相当する約1200体の胚子立体像 (Kyoto Human Embryo Visualization Project)2.34T超伝導磁石を用いたMR顕微鏡を用いて、筑波大学の磁気共鳴イメージング研究室と共同で撮像されました。 画素サイズ、40〜150ミクロン立方、画像マトリクスサイズは、128x128x256の拡大像が得られました。胚子1体当り8時間かかりました。「京都コレクション」を用いて行われたヒト胚子約1200例の撮像は、約22ヶ月間にわたって昼夜機械を作動させて行われたそうです。 2.CS22から胎児期初期 (頭殿長-90mm位)(Post-embryonic stage Visualizing Project)今井宏彦博士(情報学研究科システム科学専攻医用工学分野)の協力を得て現在撮像中です。7TのMRM (BioSpec 70/20 USR, Bruker Biospin MRI Gmbh, Ettlingen, Germany) with a 1H quadrature transmit-receive volume coil of 35 mm, 72 mm in diameter (T9988, Bruker Biospin)を用いています。また、独自に19mm, 75mmコイル等も開発して応用しています。拡散テンソルイメージング(DTI)撮像も行っています。 3. 胎児期初期から中期(頭殿長 100mm以上)岡田知久博士(脳機能総合研究センター)の協力を得て臨床用7T MRI (Megatom Siemens)をを用いてT2強調像を撮像しています。 病院等でみられる医療用に普及しているCTは、X線が物質を透過する際の透過率(吸収率)の変化をコントラストとして三次元の画像にするものです(吸収コントラストX線CT法)。これに対して、位相コントラストX線CT法は、X線が物質を透過する際に生じる位相変化をコントラストとして三次元の画像にする方法です。X線の吸収率が小さい軽元素(水素、炭素、酸素など)で構成されている生体試料では、従来の吸収コントラストX線CT法に比べて分解能を1000倍も高くすることができます。共同研究者である山田重人博士は、高エネルギー加速器研究機構 (KEK;筑波)の研究施設(Photon Factory)を共同利用してヒト胚子の高解像度データを取得する研究を進めています。得られた貴重な撮像データを私たちは解析に用いています。 位相CTの原理三次元イメージング法のうち、マイクロX線CTは、ヒト胚のような柔らかい標本では通常のX線CTでは透過してしまい撮像ができません。またMR顕微鏡では詳細な解析に至る解像度が得られていません。そこでわたしたちは、位相X線顕微鏡(位相CT)を用いることにいたしました。 位相CTは波としてのX線は物質を透過すると位相がシフトすることを利用し、この位相差を画像化することで、従来の吸収X線によるイメージングの1000倍の感度を実現したもので、解像度はMR顕微鏡の10倍近くになる可能性があります(図1)。日立・高エネ研・北里大の共同研究グループが開発した撮像システムは、(BL-14C)に常設されています[3-5]。 BL-14Cに常設された位相CT装置は、非対称結晶を用いた拡大ミラー、分離型X線干渉計位置決め機構、画像検出器、試料位置決め機構、フィードバック機構から主に構成されています。BL-14の垂直ウィグラーから放射されたX線はSi(220)結晶で単色化され、さらに非対称結晶により横方向に拡大されて、X線干渉計に入射します。干渉計で形成された干渉ビームのうち一方は画像検出器で検出し、他方はフィードバック用として利用します。試料は基礎から独立した位置決め機構により、干渉計の光路に設置します。 3次元測定は、試料をX線に対して回転して行います。標本はアガロースゲルに包埋し、そのゲル塊を回転台に固定する方法をとります(図3)。標本はBL-14Cに常設された位相コントラスト型イメージングシステムの標準的な試料ステージを用いて設置します。標本の大きさは最大3cm程度であり、上記ステージで十分な位置決めを行うことができます。標本は水で満たしたセル内に設置します。これは標本の蒸発を抑制すると同時に、空気と標本の大きな密度差を低減するためです。CTを実施するために、標本を固定した棒をセル外からモータにより回転させます。 位相CT撮像の実際現在、割り当てられたビームタイムに合わせてヒト胚子標本を施設に持ち込んで撮像をしています。1体あたりの撮像に3−6時間かけ、1日4−6体、ほぼ24時間、装置を稼働しております。たまに訪れるビームダンプと地震は難敵で、再撮像を余儀なくされることがあります。あとは、過酷なつくばの気候(特定のメンバーが連れてくるという噂もあります)。 プロジェクトの現状と成果ヒト胚子の位相CT撮像法としては一定の手法を確立した状態で、撮像標本数も200程度になりました。それらを用いて、全身様々な部位の器官、組織等の発生に伴う変化を解析しています[1]。位相CTを用いることで、貴重な標本を破壊せずに解析できます。また、撮像された画像は立体構築が正確であることから、三次元的な形態観察、計測に適しています。くわえて、二次元の断面像を任意に取れる、レンダリングにより臓器の位置の把握が容易である、多くの個体をコンピューター上で比較検討しやすいなど、デジタルデータならではの多くの長所があります。これらの長所を生かしたヒト胚子研究はほとんどなく、得られる知見は大変有意義です。 今後の課題グループの米山らは、「X線干渉法を用いたZeffイメージング法」(標本内の実効原子番号の空間分布を画像化する方法)の開発を進めています [6]。新規の観察手法ですが、これまでと標本準備や機器のセッティングは同じで、位相イメージングに加えて吸収像の撮影を追加するだけで元素に関する情報を画像化可能であるという点が大きな利点です。この手法で生物標本を網羅的に観察した例は皆無です。Zeff法を用いることで、器官発生に伴う質的な変化、代謝による物質の合成、貯留を定量、組織構造の形成に伴う物質分布の変化についての情報を付加することが可能です。発生に伴う代謝や機能的な変化、組織構造学的な変化について新たな知見を得、発展に貢献すると思われます。また、その異常についても捉えられる可能性があることから先天性代謝疾患、中毒性疾患についても新たな知見が得られる可能性があります。また、より安定した実験装置周辺環境で、より高い空間分解能、濃度分解能の画像を得るためのビームライン、X線干渉計の高度化に関する検討や加速器の先生方とともに挿入光源の高度化に関する検討も行なっています。 参考文献[1] Takakuwa T. 3D analysis of human embryos and fetuses using digitized datasets from the Kyoto Collection. Anat Rec 2018;301: 960-969 doi: 10.1002/ar.23784 [2] Yamaguchi Y, Yamada S. The Kyoto Collection of Human Embryos and Fetuses: History and Recent Advancements in Modern Methods. Cells Tissues Organs 2018; 205: 314-319. doi: 10.1159/000490672. [3] Yoneyama A, Yamada S, Takeda T. Fine biomedical imaging using X-ray phase-sensitive technique. In: Gargiulo DG, Mcewan A, editors. Advanced biomedical engineering. Rijeka: InTech; 2011. pp. 107-128. [4] Yoneyama A, Takeda T, Tsuchiya Y, Wu J, Lwin TT, Koizumi A, Hyodo K, Itai Y, A phase-contrast X-ray imaging system-with a 60 × 330 mm field of view-based on a skew-symmetric two-crystal X-ray interferometer. Nucl Instrum Methods Phys Res A. 2004; 523: 217-222. [5] 兵藤一行. 放射光位相コントラストイメージングで展開されるサイエンスへの期待. 表面と真空 2019; 62: 66-71. [6] Yoneyama A, Hyodo K, and Takeda T, Feasibility test of Zeff imaging using x-ray interferometry. Appl Phys Let 2013;103:204108.研究室のロゴ”胚子くん”です。 左下の絵( 19 世紀末の風刺画)をもとにしています。 この絵の左に描かれる女性はダンテが恋をしたという美少女ベアトリーチェ、胚子が読んでいるのはダンテの書いた有名な詩集、La Vita Nuova『新生』です。詩集には有名な次の一節が書かれています。 “Incipit vita nova” “私の人生は、今ここから始まる” La Vita Nuova『新生』は、13-14世紀イタリア詩人ダンテ=アルギエーリが、若い時代に書いた詩31篇とその詩を書くにいたった由来や解題をまとめた詩文集で、『神曲』に次ぐダンテの代表作です。 ダンテは幼い時に美少女ベアトリーチェと出会い、青年になって彼女と再会して会釈を受け、激しい恋心を抱くが、ベアトリーチェはほどなくして病気により夭逝しました。その悲報を受けてダンテは惑乱し、かねてベアトリーチェについて綴ってきた詩文と、彼女を喪ったことの悲しみをうたった詩をともに『新生』としてまとめ上げたといわれています。 19 世紀末は、 His 博士がヒトの胚子、胎児を観察し学術書に記載した時期に相当します。リアルなヒトの発生の描写は、当時の世界においては、かなりの衝撃であったと推察されます。
図の説明 左;世紀末美術 ‘decadent Art’を代表するAubrey Beardsley(1872–98) が描いた風刺画 中;モデルとなった絵画、 Beata Beatrix (by Dante Gabriel Rossetti) 右;参考にしたと推測されている胎児、 Wilhelm Hisの ‘Anatomy of human embryos'(1880-85)’ |