Formation of tendinous intersections in the human fetal rectus abdominis. MRIを用いたヒト胎児における腱画形成過程の解析 岩佐結生
【背景】腱画は腹直筋筋腹を横断する線維性の帯である。これまでは成人を対象に、解剖学および病理組織学的研究によって腱画の形状や位置についての評価がなされてきた。一方でヒト胎児を対象とした研究は少なく、腱画の出現時期や発生的要因については明らかにされていない。本研究では拡散テンソル画像(DTI)を用いて胎児期初期における腱画形成過程を検討することを目的とした。
【対象と方法】島根大学医学部解剖学講座保有する外表奇形の見られないヒト胎児標本15例(頭殿長:39.5-93.7mm)を対象とした。高解像度MRI撮像を行って取得したMR画像をもとに腹直筋の三次元立体像を作成し、形態計測を行った。DTIは組織内部に存在する水分子の動き(拡散)を画像化したもので、水分子の拡散の方向は組織構造に依存しているため拡散異方性として定量化することができる。DTIを用いて腱画を検出可能なことがわかったので、その個数と位置、形状について評価した。
【結果】①腹直筋の形態:高さ・幅・厚みについて、すべて胎児の成長とともに増加傾向にあったが性差や左右差は認められなかった。腹直筋の臍帯輪より尾側に位置する領域(セクション(S)4)は他の3つの領域(S1、S2、S3)に比べて幅が小さく厚みがあった。 ②腱画の位置と形状の観察:立体像やT1強調像では腱画を検出できなかった。DTIを拡散異方性の指標であるFractional anisotropy (FA)でマッピングすると筋線維は高いFA値、腱線維は低いFA値を示したため、そのFA値の差によって腱画を検出できた。腱画の平均個数は3.1個(範囲:2.0~4.0)であった。腱画が2つのものの割合は21.4%、3つのものは50.0%、4つのものは28.6%であった。一般化推定方程式による多重ロジスティック回帰分析の結果、S1およびS2における完全型腱画のオッズ比はS4におけるものより有意に高かった(オッズ比[95%CI]: 14.85[4.37、50.51]、p<0.001;8.84[2.81、27.77]、p<0.001)。S3における不完全型腱画のオッズ比はS1におけるものより有意に高かった(オッズ比:7.4 [2.0, 27.2], P=0.003)。S4における腱画未検出のオッズ比はS1よりも有意に高かった(オッズ比:20.5 [3.1, 134.6]、P=0.002)。
【考察】腱画を2つ持つものの割合が成人の値より高いことから、腱画を2つ持つ標本では腱画の形成が進行段階であり、胎児の成長に伴ってS2で3つ目の腱画が形成されていく可能性が示唆される。腹直筋上部(S1,S2)では完全型の腱画が、腹直筋下部(S3,S4)では不完全型の腱画や未検出が多くみられるという特徴に関しては成人の先行研究と一致していた。DTIによる腱画の検出は頭殿長45.8mm(妊娠約11週)のサンプルから可能となったが、これは腹直筋が成熟した腱画を有するのは妊娠17週目までとするこれまでの組織学的所見よりも早い。したがって、本研究はDTIが腱画の早期分化を検出できる可能性を示唆している。 【結論】DTIによって胎児期初期における腱画形成過程の観察ができた。さらに小さな個体での腱画検出が可能になれば、腱画の発生・発達過程の解明につながると期待される。
25. Comparison of Left-Right Differences in Major Blood Vessel Diameter in Human Fetuses. ヒト胎児における主要血管径の左右差の比較検討 中井尚一
【背景】ヒトの身体は一見左右対称に見えるが、ほとんどの内臓は大きさ、形状、位置の点で左右非対称である。この非対称性は正常な機能のために不可欠である。血管も例外ではなく、ヒト胎児でも大動脈弓や静脈管において定性的な左右差が知られている。一方で血管の左右差について定量的に比較検討した研究はあまり行われておらず、知見も乏しいのが現状である。そこで本研究では、ヒト胎児の主要な血管に着目し、左右差の定性的な知見を深めること及び定量的に比較検討することを目的とした。【対象】京都大学大学院医学研究科附属先天異常標本解析センターが保有するヒト胚子胎児標本24例、島根大学医学部解剖学講座が保有するヒト胎児標本6例、合計30例を高解像度MRIで撮像し、そのMR画像を対象とした (頭殿長: 26.8-225mm) 。標本は正常個体のうち、全身の血管が比較的良好に観察できるものを選択した。検討した血管は頭頸部・上肢の動静脈 (総頸動脈、鎖骨下動脈、腕頭静脈、内頸静脈、鎖骨下静脈) 、肺の動静脈 (肺動脈、上肺静脈、下肺静脈) 、腹部骨盤領域の動静脈 (腎動脈、総腸骨動脈、外腸骨動脈、内腸骨動脈、臍帯動脈、総腸骨静脈) である。【方法】①三次元可視化解析ソフトで対象血管の立体像を5例 (頭殿長: 45mm、89mm、105mm、148mm、198mm) 選抜して作成し、画像処理ソフトで立体像の厚さを色で可視化した。作成した立体像を「厚さ、分枝の傾き、分枝の場所」の3点に着目し、左右差の有無を観察した。②DICOM-viewerソフトで血管断面を楕円形に近似し、長径と短径を測定した。長径と短径の相乗平均を血管の太さの指標とした (血管径とする) 。血管径の値から計算した左右比にt検定を行い、左右比が有意か血管毎に調べた。③長径と短径から血管断面の楕円率を計算した。楕円率から計算した左右比にt検定を行い、楕円率の左右比が有意か血管毎に調べた。【結果】①頭頸部•上肢の静脈として腕頭静脈、内頸静脈、鎖骨下静脈を観察した。腕頭静脈では厚さで左右差があった。具体的には頭殿長105mm以降の3例で左腕頭静脈にだけ途中で厚みが増している部分があった。残りの観点では左右差はなかった。内頸静脈、鎖骨下静脈ではいずれの観点でも左右差はなかった。②総頸動脈の血管径の左右比は有意に左が大きかった。具体的には総頚動脈は左が右を基準に1.15倍太かった (右の血管径中央値0.37 mm、左の血管径中央値0.53 mm、p=0.004) 。肺動脈は有意に右が太かった。すなわち、肺動脈は右が1.17倍太かった (右0.63mm、左0.47mm、p<0.001) 。③総腸骨静脈の断面の楕円率の左右比は有意に右が大きかった。具体的には総腸骨静脈の楕円率は右が1.79倍大きい (右の楕円率中央値0.66、左の楕円率中央値0.38、p<0.001) 。上肺静脈の楕円率の左右比は有意に右が大きかった。すなわち、上肺静脈の楕円率は右が1.71倍大きい (右0.65、左0.38、p<0.001) 。①②③それぞれについて、他の血管の結果および考察も報告する。【結論】頭殿長26.8mmから225mmの胎児のうち、5個体について主要な血管の立体像を作成および観察し、左右差の観点から定性的な特徴を示すことができた。また頭殿長26.8mmから225mmの胎児について主要な血管の左右差を定量的な観点から示すことができた。
24. Three-dimensional analysis of the area around the ankle joint in the human fetus ヒト胎児期における足関節周辺の三次元解析 松田幸樹
【背景】ヒトの足関節部の肢位は脛骨、腓骨、および足根骨のうち距骨、踵骨に より主に決定される。発生 5 週目末に脛骨、腓骨、足根骨が順に出現し、それぞ れの形態形成は、互いの位置関係に影響を与えながら進行する。胎児の骨形成や、 胎児期のある時期における下腿の骨の成長などについて論じた研究はあるが、胎 児期の成長に伴う足関節周辺の骨の位置関係の変化について論じた研究は少な く、また定量的な評価が十分になされた三次元的研究も乏しい。そこで本研究で は、ヒト胎児固定標本の T1 強調画像、位相 X 線 CT 画像から立体再構成像を取得 し、ヒト胎児期における足関節周辺の骨の形成、それらの位置関係の変化の追跡 を試みた。 【方法】対象は京都大学医学研究科附属先天異常標本解析センター保有 28 体(内 7T-MR 撮像 24 体、位相 X 線 CT 撮像 4 体)と、島根大学医学部解剖学教室保有の 9 体(T1 強調画像)である。これらを画像処理ソフトウェア Amira を用いて下肢骨 の立体再構成像を作成した。次に同ソフトウェアで、解剖学的ランドマーク、各 骨(大腿骨、脛骨、腓骨、足根骨)の重心、関節周辺の各骨の表面情報 を取得し た。その後 Amira で得たデータをもとに、MATLAB により長管骨の軸、関節表面(膝、 距腿、距腓、距踵関節)の疑似平面を作成して下肢骨の位置関係の解析、成長の 変化の定量的な観察を行った。 【結果】作成した足関節周辺の立体再構成像の観察を行った。冠状面において胚 子期後期から CRL34~50 mmの範囲の個体では足関節は内転の状態が観察された。ま た矢状面では胚子期後期から CRL34~43 mmの範囲では底屈の状態が観察された。ど ちらの肢位も CRL60 mm辺りでほぼ中間位をとった。また脛骨長軸の角度と合わせ て、抽出した関節面に法線ベクトルを定義し、それらの角度の CRL 増加に伴う変 化、関節同士の関係性、肢位の変化にどの関節が影響を与えているのかを検討した。CRL 増加に伴い、冠状面では脛骨長軸、距脛関節面法線ベクトル、距踵関節 面法線ベクトルの変化が見られた。矢状面では脛骨長軸、距脛関節面法線ベクト ルの変化が観察された。脛骨長軸と関節面法線ベクトルの関係性を評価したとこ ろ、冠状面では距脛関節面と距踵関節面が、矢状面では距脛関節面が脛骨長軸と 高い相関を示した。 【結論】足関節周辺の立体像を作成することにより、中足骨を含む足根骨から脛 骨、腓骨の長管骨までの領域における骨の位置関係について、胚子期後期の CS21 から胎児期初期までの経時的変化を提供することができた。また、肢位の変化や 関節面の方向を座標上で表現することにより、成長に伴う変化を定量的に示すこ とができた。将来的に、胚胎児期の下肢周辺における異常診断に有益な情報を与 えることが期待される。