脊椎動物は、発生の中途で極めて似た形態をとる時期があります。この時期から僅かに発生が進むだけで、それぞれの胚は外観をかえ、その成人の姿を容易に推察できるようになります。ヘッケルが「ある動物の発生の過程は、その動物の進化の過程を繰り返す形で行われる」、いわゆる反復仮説を唱えたのもこういった観察に基づくものでした。ヘッケルの反復説が19世紀当時、大きな注目・支持を集めた理由は、個体発生と系統発生の間にあった多くの観察事例とその傾向を、非常にシンプルに説明するようにみえたからでしょう。
この類似の形態はいわゆる“咽頭胚期”と言われる時期に相当します。頭部、尾部があり、その間が分節化した構造をもつこと、この頭尾軸に沿って、神経管、消化管があること、心臓、鰓孔があることなど…この形態は、多様な脊椎動物の共通項を抜き出したものといえるかもしれません。この類似性の高い段階をPhylotypic stageといいます。
どうして、こんなに似ているのでしょうか。それは、脊椎動物がこの時期に体の構成”body plan”の概要を決定するからで、進化的に変更が効きにくかったからだと言われています。最近の遺伝子の発現パターンをみた研究では、body planに関連した重要な遺伝子が、この時期多く発現し、その発現パターンは種間で驚くほど類似していることが示されています。このように動物が個体発生を行う際、その発生中期に進化的な変更を最も加えにくい時期が存在するという考えを発生砂時計モデルといいます。
ところで、この咽頭胚期ですが、ヒトではCS12に相当すると考えられられます。ヒトのこの時期より若い時期の胚についての研究は、進んでいるとは言えません。受精28日未満の時期であり、妊娠そのものが自覚できていない時期であること、3mm程度と非常に小さいこと、個体の形状が保持しにくいことなどの理由で、解析個体が得にくく、解析も困難だったからです。私たちは、組織連続切片をデジタル化し、最新のコンピュータ、ソフトウエアを使用して、この時期の胚子の研究にも取り組んでいます(22 Ueno et al)。
22. Ueno S, Yamada S, Uwabe C, Männer J, Shiraki N, Takakuwa T, The digestive tract and derived primordia differentiate by following a precise timeline in human embryos between Carnegie stages 11 and 13, Anatomical Rec 2016, 299, 439-449, DOI: 10.1002/ar.23314s, (概要)