3次元データを用いたヒト胚子・胎児研究」を紹介した際に出された質問についてまとめました。
1)一般的なこと
● 胎児診断に関連して、死産となってしまうような胎児も研究の対象としているのか。
=> 現在は正常例を主に解析していますが、一部、死産の原因となるような病態の胎児の解析もしています。将来的に流産等の原因解明に繋がる研究をしたいと思っています。
● 以前はミクロな研究をされていたが、マクロな研究に変えられたのは何故か、自身はミクロな方が面白いと感じているため、マクロな研究の魅力を知りたい。
=> 胚子(胎児)という限られた世界の中を徹底的に、余すところなく調べ、自分の世界を築いていくというスタンスで行っています。
● 標準像(標準的な器官の形)とはどのようにして決めるのか、
=> 立体像の標準を決めることは、実は非常に難しいです。加算平均像、偏位をした場合の変化等のシミュレーションを行って像を作成することを検討しています。
● 二次元データや三次元データに関する技術などの研究について、研究する上での困難な点や、他の大学や海外はこの研究にどれくらい参入しているのか、また研究の状態はどうなっているのか。
=> 生体情報についての画像取得の研究は、近年非常に進んでいます。一回の検査で得られる情報は膨大になりすぎており、例えばそこから病変を抽出し、判定(診断)する作業が人力では限界に来ています。この傾向は今後、ますます進んでいくものと思われています。このため、診断を助ける技術(診断支援)、人力に頼らない診断(AI診断)が現在、盛んに研究されています。今回、私がお話した技術は、生体情報についての画像取得の研究をヒト胚子に適応した訳です。
2)倫理面について
● “京都コレクション”について、設立するにあたっての壁はあったのか。
● 4万例を超える胎児の画像を一つずつ全て解析しているのか、また、ヒトの胚子や胎児が貯蔵されていることについて、倫理的に問題視されないのか。
=> 京都コレクションは西村先生が1960年代に開始されました。私自身は設立に関わっていませんので詳しいことはわかりません。
=> 現代、同様の収集を行うことは倫理的側面から大変な労力を要することになると思います。どう収集は倫理的な問題が社会的に問題にならなかった年代であったからこそ出来たともいえます。
=> コレクションの内、状態の良い個体数千例を選別して解析を行っています。
=> コレクションの研究目的での使用については医学研究科の倫理委員会の審査を受けており倫理的な問題ありません。
● 胎児についての研究について、受精卵を利用したES細胞などでは倫理的な面から批判が多いが、この分野でも倫理的な面で大変なことが多いのか。
● 現在、妊娠女性から胚子を取り出すことは禁じられているが、日本で胚子の研究をする際はどのようにして胚子を得ているのか。
=> 何かの理由で中絶された方を対象に倫理的な手続きをとり胚子(胎児)を提供していただくことは可能です。該当する方々に個別に説明を行いInformed consentをとる必要があります。京都コレクション創設時のように組織的、系統的に大量に集めることは難しいでしょう。
*私の研究室では、現在新たに胚子(胎児)を提供していただくことはしておりません。
● カーネギーコレクションについて、母体が気づかないうちに胎児を取り出して研究していたということなのか。
● カーネギー研究所の標本など、中絶がからむ問題でES細胞などよりも批判が少ないのは何故か。
=> 当時は、妊娠診断薬などありませんし、手術の技術も現代とは異なります。何らかの理由で若い女性が子宮を摘出する手術を受ける可能性があったそうです。その際、胚子、胎児が合わせて摘出されるということはあり得ることでした。また、子宮外妊娠に伴う腹腔内の出血も開腹手術、胎児摘出の原因としてあげられています。
=> こういった研究は、当時(1900年台前半)の医学的技術、世の中の生命倫理についての意識に照らし合わせると止む終えなかったと思われますが、現代、同じことをすることは難しいでしょう。興味のある方は以下の記事もお読みください。
3)出生前診断について
● 出生前の検査について、もし胎児に異常があることがわかった場合、どのように対処し治療しているのか、また親はどうしているのか。
● 今後エコー技術が進歩して胚子の異常が発見出来るようになれば、その胎児はどうするのかを判断する際の倫理的問題はどうなるのか。
=> ご指摘のことは、出生前診断の分野において、倫理面、治療面ともに、解決しなければならない大きな問題となっています。異常が見つかっても治療できない疾患も多くあるなか、そもそも両親が異常の有無を事前に知ることの是非、中絶の是非等問題は様々です。
=> これらの一部は専門基礎の医療生命、倫理の講義で扱うと思われますので、そこで学んでください。
● エコー等の技術が進歩して胎児の発達異常が早期に発見出来るようになってきているが、母体にいる段階からの直接の治療が出来るアプロ―チはあるのか。
=> いわゆる胎児治療についての質問と思います。胎児治療は、胎児異常の出生前診断に基づいて、母体の安全を確保しつつ、生まれる前の胎児に治療を行い、生後治療よりも効果の高い治療を行うという治療手技です。母体に薬物を投与するなど身体への負担の少ないものから、子宮を開いて直視下に胎児に手術を施すなど負担の大きいものまで多様な胎児治療が試みられ始めています。治療後に妊娠を継続させる技術がまだ十分に確立されておらず、胎児外科治療の適応は、生後の治療では救命することが極めて困難な病気や状態に限られているのが現状です。
4)ヒトの発生、先天性疾患について
● ヒトの胚子が他の哺乳類のそれと区別されるのはいつぐらいからか、また胚子の成分は同じなのか。
● 人間の赤ちゃんの最初の状態が他の動物の赤ちゃんと同じような形をしているのは何故か。
=> 脊椎動物は発生の途中で非常に似た形の時期を経ることがしられています。その時期を咽頭胚期といい、講義でしめした4週のころに相当します。このあたりはいろいろな研究があります。下記論文等、参考にしてください。
=> その後、8週くらいには、ヒトと他の脊椎動物は外観、内部ともに差異があきらかになってきます。
=> なお、赤ちゃんは、出生直後の子(新生児)のことを指します。赤ちゃんは、他の動物と似ているとはいえないでしょう。
● 人は初期の器官形成期にどうして発生異常が多いのか。
=> 受精後4から10週ころにヒトの器官の大まかな枠組みが一気に作られます。この「一気につくられる」というのがポイントで、少しのタイミングのズレ、不具合が異常として固定されるということに繋がるのだと思います。なお、器官形成期の異常は機能形態的な異常がおおく、それ以後の胎児期には機能的な異常が起きやすいとされます。
● どのようなメカニズムでサリドマイドに含まれる有害物質は胎児に作用して、どのようにして発生するのか、また、有害物質によってそのメカニズムや発症機構は変わるのか、例えば同じ上肢の欠損が見られるサリドマイドと水俣病とでは違うのか。
● サリドマイド薬害について、臨床試験も通過した薬がなぜこのような薬害を発生させたのか。
● サリドマイドが動物実験では起こらなかったのにヒトでは起きてしまった理由は解明されたのか、また胎児への影響だけで母体への影響はなかったのか。
● サリドマイド事件の時代にはヒトの発生学の研究についてはどれくらい進んでいたのか。
=> サリドマイド投与に依る胎児の催奇形性の研究は、実験動物(ネズミ)でされていました。ネズミでは、サリドマイド投与で四肢の異常、聴覚器異常は生じなかったのです。薬剤投与により催奇形性の高い時期(異常を発生しやすい時期)を臨界期というのですが、サリドマイドの臨界期が、ネズミとヒトとで時期や強さが異なっていたためと考えられています。また、サリドマイドは母体にも悪影響があります。
=> サリドマイドの本邦での認可や、その後取り消しまでの経緯、裁判、家族のその後(現在)については、多くの書籍、Web記事がありますので興味のある方はぜひ調べてみてください。薬害問題、医療行政を考える良い機会になればと思います。
=> サリドマイドによる催奇性の機序は長らく不明でしたが、10年ほど前、サリドマイドがプロテアーゼの一つ、ユビキチンリガーゼを構成するセレブロンというタンパク質と結合してその働きを阻害し、その結果、手足の成長を促すタンパク質FGF8が阻害されて奇形を引き起こすとが明らかにされつつあります。
● 外脳症は何が原因なのか、どのようにすれば治せるのか。珍しい病気ではないので詳しく知りたい。
=> 脳、脊髄等、中枢神経系の発生の異常です。脳神経管が発生途上で閉鎖しない病気です。葉酸を十分に摂取することで発生率を下げることが報告されています。